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初期大乘教團之研究 -- 大乘「佛塔教團」說之考察=A Study of the Early Mahāyāna Orders -- An Investigation on the Stupa Order of the Mahāyāna
著者 許一系 (著)=Shih, I-shing (au.)
掲載誌 圓光佛學學報=Yuan Kuang Journal of Buddhist Studies
巻号n.10
出版年月日2006.04
ページ43
出版者圓光佛學研究所=Yuan Kuang Buddhist College
出版サイト http://www.ykbi.edu.tw/
出版地桃園縣, 臺灣 [Taoyuean hsien, Taiwan]
資料の種類期刊論文=Journal Article
言語中文=Chinese
キーワード佛塔教團; 佛塔供養; 大乘起源說; 碑銘; 塔寺; 僧坊
抄録有關大乘佛教的教團問題,一直以來,學界多以大乘教理與大眾部相近,而認為大乘起源於部派佛教之大眾部。但自1968年平川博士提出了大乘「在家佛塔起源說」之後,開始掀起了一股議論的風潮。結果,日本學者多數同意平川說,使得平川說一時幾成定論。但到了90年代初,有年輕一輩的學者陸續對平川說提出質疑,於是大乘教團問題遂再度引起重視。但不管是平川說、或是反平川說,由於印度歷史記載不明確,所以有關大乘起源乃至初期大乘教團的問題至今仍未有定論。

平川彰的大乘「在家佛塔起源說」涉及以大乘起源為主的大乘教團的幾個問題:如大乘的戒律、教團、還有與部派關係等。本文擬從文獻及非文獻(碑銘)二方面,重新考察平川的「佛塔教團」說,以期進一步解明初期大乘是否有獨立於部派僧團之外的「佛塔教團」。
據筆者初步考察顯示:
一、從初期大乘經之考察,「塔寺」等之原語未必是stūpa;又,大乘,與其說是起源於佛塔信仰,無寧說是經卷供養取代佛塔供養。
二、由律藏之考察, 未必如平川所理解般的, 部派比丘禁止從事佛塔供養;部派之佛塔供養也未必來自大乘,也有可能受到印度一般「塔供養」影響。
三、依據印度碑銘之實錄,西元前二? 三世紀即有比丘(尼) 供養佛塔,亦出現部派之名稱;而「大乘」〝mahāyāna〞一語,一直到五世紀以後才出現。
四、根據西元五世紀初, 法顯之《佛國記》, 當時在印度, 大乘寺院只有一處,有大、小兼學的寺院,但還是以小乘占多數。就本文之考察,若說初期大乘有獨立的「佛塔教團」,實有欠說服
力。
目次一、序論 3
二、初期大乘經中所見「佛塔」與「佛塔供養」之情形 8
三、碑銘所見之大乘與部派僧團28
四、結論 40
ISSN16086848 (P)
ヒット数1822
作成日2007.07.31
更新日期2017.07.28



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