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『阿闍世王経』の基礎的研究 -- チベット語訳を中心として |
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Author |
宮崎展昌
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Date | 2010.12.16 |
Publisher | 東京大学インド哲学仏教学研究室 |
Publisher Url |
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/intetsu/
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Location | 東京, 日本 [Tokyo, Japan] |
Content type | 博碩士論文=Thesis and Dissertation |
Language | 日文=Japanese |
Degree | doctor |
Institution | 東京大學 |
Department | 人文社會系研究科 |
Advisor | 下田正弘 |
Publication year | 2005 |
Keyword | インド仏教 |
Abstract | 近年の新出サンスクリット写本の発見と欧米での漢訳研究の進展により,大乗経典の研究はとみに進み始めた.そのなかで,古来注目されながらも未だ十分な解明がなされてない経典に『阿闍世王経』(*Ajatasatrukaukrtya(prati)vinodanasutra ,以下『阿闍世』)がある.この経典は,そのサンスクリットの経題が示すように,阿闍世が父親を殺めたことからくる「悔恨の念」(*kaukrtya)を解消する物語を主題とするものである.支讖訳が現存し,大乗経典の中でも古層に属するとされる同経は,『維摩経』同様,物語が展開する中で教説が織り交ぜられる戯曲的構成をとりつつ,文殊が活躍する文殊系経典としての側面を持つ.この経典を解明するには,現存するサンスクリット断片,チベット訳,漢訳を綿密に比較検討した上で,その編纂過程を明かし,さらに諸仏教文献との関係を探ってインド仏教史上に位置づける作業が欠かせない.本研究では従来本格的に扱われることが少なかったチベット語訳を中心に据え,その解読とともに『阿闍世』に見られる様々な問題の解明を目指す.以下,各章の内容を順次紹介する.
第I 部第1 章では『阿闍世』の現存テキスト6 種に関する情報と他典籍における引用状況を整理し,経典の全体構成および各章の梗概を紹介する.同経を扱った先行研究を批判的に検討した上で,それにもとづき本研究の目的と構成を導き出す.
第2 章では『阿闍世』の現存諸テキストの問題点を扱う.
第1 節では同経のサンスクリット語経題について,現存諸テキストや他典籍での引用を整理,検討した結果,2 種の経題を想定した.
第2 節では『阿闍世』現存諸テキストの伝承系統を検討し,それが大きく2 つに分かれることを指摘し,両者の間にみられる異同を確認した.
第3 節では9 世紀のチベットの経録『デンカルマ』での記述をきっかけとして,『阿闍世』の現存チベット語訳が漢文蔵訳であるか否かについて構文論の観点から吟味する.すなわち,「漢文蔵訳典籍には関係詞表現は見られない」という仮説を参照にし,漢文蔵訳とされる他典籍2 点を調査したところ,関係詞表現の一部は見られるが「時を表す関係副詞」は現れないことが確かめられた.一方で『阿闍世』チベット語訳には「時を表す関係副詞」が確認でき,それが漢文蔵訳である可能性はほぼ否定された.
第4 節では漢訳『阿闍世王經』に関して,支讖訳の基準である『道行般若經』と訳語を比較し,その特徴を探るとともに,同漢訳が支讖訳と判断してよいかという課題を検討する.その結果,上記の両漢訳では訳語に関して高い近似性が読み取れることに加えて,同じく支讖訳とされる『〓眞陀羅所問如來三昧經』と『阿闍世王經』の間でも訳語や形式などについて高い近似性を見いだせ,それにより『〓眞陀羅所問經』と『阿闍世王經』は『道行經』と同じく支讖訳と認めることができる.また,3 経典間にみられる差異についてはそれらの訳出順序を反映している可能性と後世の改訳による可能性を論じた.
第5 節では竺法護訳『普超三昧經』と法天訳『未曾有正法經』について文献学的問題を取り上げた.前者『普超經』では,*Manjusriに相当する訳語が大正蔵本で巻毎に異なる問題を指摘し,また,先行研究にもとづき,同訳には竺法護訳の特徴が見えることを確認した.一方,『未曾有正法經』にみられる他訳とは決定的な相違点は,同経の訳出時の改変によることを示し,その背景事情を明らかにした.
第3 章では『阿闍世』の編纂事情について,(1) 他典籍との関連が想定される箇所,(2)術語,概念の分布,(3) 内容面を踏まえた経典全体の編纂過程の考察,という3 段階に分けて考察した.本論文の核の一つである.
まず,(1) 他典籍との関連が考えられる部分として,既に判明している部分訳『放鉢經』に相当する第III 章以外の部分について検討を加えた.すなわち,『阿闍世王授決經』の末尾部分と『阿闍世』第XI 章末尾から第XII 章冒頭,ならびに『六度集經』第86 経(以下『六度』)末尾部分と『阿闍世』第XII 章冒頭部分の間で,それぞれ並行表現,類似表現が確認され,いずれも『阿闍世』における記述は外部から取り込んだものと判明した.また,第IV 章は他典籍との関連は見いだせないものの,単行典籍としての「痕跡」が見られ,さらに同経中の他の箇所と重要な点でいくつか矛盾することから,第III 章同様,他典籍を取り込んだ箇所と結論した.
次に(2) 術語や概念の分布については,信頼に足る先行研究である静谷[1974]にもとづき,「大乗」「無生法忍」などの術語や概念の有無について検討した.「原始大乗」を判別する基準として最も重要な「大乗」「無生法忍」の両語に関して,諸訳の比較対照を交えながら,その原初形態において『阿闍世』のどの箇所にそれらの語が現れるかについて吟味するとともに,類似の諸概念についても同様の調査をなした.その結果,同経第V 章から第X 章の部分では「大乗」「無正法忍」の両語が元来は見られず,さらに他の部分には現れる語句や概念も同部分には見られないことが確認できた.
以上に加え,(3) 経典の全体構成,前後との繋がりなどの内容面も加味し,同経全体の編纂過程を考察した.主題である「阿闍世の悔恨の念の解消」をめぐる物語が展開する第V 章~第X 章は,本経の中核となっているとともに,上述したようにその原初形態においては「大乗」「無正法忍」の両語が見られないことから,本経成立の核となった部分と見なせる.第IV 章以前の各章については,第III 章と第IV 章はいずれも他典籍から取り込まれて本経に組み込まれた部分である.登場人物が共通する第I 章と第II 章は結びつきが強く,そこにおいては「大乗」「無生法忍」の術語がそろって現れることから成立時期はやや下る.また,第I 章~第IV 章は典籍上の位置は先行しているものの,後続の第V 章以降にはそれらとの関連を示す記述が確認できない.一方,第XI 章以降は第V 章~第X 章との間に連続性と相違点の双方が見られるのに対し,第IV 章以前の部分とは断絶し,関連性が確認されない.よって,第XI 章以降は第IV 章以前の部分よりも先に,編纂の核である第V 章~第X 章と結合したと推論できる.
以上,第3 章の検討から『阿闍世』の編纂過程には2 段階が想定される.すなわち,第1 段階は編纂の核である第V 章~第X 章の部分に第XI 章以降の部分が付加された段階であり,第2 段階として第V 章以降の部分に第I 章から第IV 章の各部分が付加される段階である.
第4 章では『阿闍世』にあらわれる記述のいくつかに関して,他典籍との関連を探りつつ,それらの特徴を明らかにする.
第1 節では『阿闍世』第V 章での阿闍世の堕地獄に関する記述と第X 章での五無間業と堕地獄を関連させた記述について,それらの来歴を探るため,初期仏教典籍と北伝アビダルマ文献を中心に調査した.その結果,第V 章での阿闍世の堕地獄については,支讖訳と竺法護訳にあらわれるものが,『婆沙論』での記載と同じレヴェルにあることが確かめられた.また,『阿闍世』第X 章の記述の典拠も,同じく『婆沙論』などで五無間業と地獄を関連させた記述に求めることができる.
第2 節では,『阿闍世』第XI 章での阿闍世の来世にまつわる記述が,『阿闍世王問五逆經』と『増一阿含經』38-11 経に共通する,阿闍世の辟支仏授記を扱った記述から影響を受けたとみられることを指摘した.
第3 節では,3.1 で指摘した,『阿闍世』第XII 章と『六度』第86 経末尾部分に共通する「燃灯仏授記」にまつわる造塔の記述に関して,他典籍における燃灯仏授記の記述との比較をとおしてその特徴を探った.その結果,上記の他に4 典籍で燃灯仏授記にまつわる供養や造塔の記述が確認できるが,いずれも「頭髪」に関するもので聖遺物を尊ぶ伝統的な傾向を示す.それに対し,「授記」を重んじる『阿闍世』と『六度』の記述は教え,法(dharma)を重視する初期大乗の傾向を反映している.さらに『阿闍世』と『六度』の間でも相違点がみられ,これらの典籍の間では「燃灯仏授記」にまつわる記述をめぐって思想的変容が見て取れる.
第4 節では『阿闍世』第V 章冒頭での記述に因んで,大乗経典における「非如理作意を因とする煩悩生起説」について調査した.その結果,新たに『思益梵天所問経』『宝篋経』『出世間品』などに同説が含まれることが見いだされ,文殊系経典が目立つ結果となった.さらに鳩摩羅什以前の古訳の段階でも同説が現れることが複数の典籍で確認され,説一切有部起源とされる同説が比較的早い段階で大乗経典に導入されていたことが窺えた.また,『阿闍世』第V 章の記述は他と比較して独自色が強いことが確かめられた.
第5 章は第I 部で検討した一々の事柄について,今後の課題を明確にしながら概括し,研究の展望を明かした.
第II 部では,上述のように,内容の上でも編纂過程でも重要な役割を担ったと見られる第V 章から第X 章の部分を取り上げ,『阿闍世』の原典の文献学的研究を行う.すなわち,第6 章ではチベット語訳に対して和訳と文献学的注を施 |
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Created date | 2008.12.01 |
Modified date | 2016.06.07 |
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