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朱熹排佛與參究中和的經過=Chu Hsi's Rejection of Buddhism and His Comprehension of "Great Harmony"
著者 蔣義斌 (著)=Chiang, I-pin (au.)
掲載誌 東方宗教研究=Studies in Oriental Religions
巻号n.1
出版年月日1987.09
ページ143 - 167
出版者國立藝術學院傳統藝術研究中心
出版地臺北縣, 臺灣 [Taipei hsien, Taiwan]
資料の種類期刊論文=Journal Article
言語中文=Chinese
ノート東方宗教討論會論集.
キーワード朱熹排佛; 參究中和
抄録本文由朱熹排佛之心態,探討其幾經曲折,創立新說之過程.

朱熹早年曾涉大慧宗杲之「看話禪」; 然參究多年,始終不契. 在三十歲左右確定歸儒後,即在李侗的接引下,針對宗杲的禪法,提出其儒學體系:以日用間的「躬行力究」,「格物致知」取代「味無義之語」的參話頭.

但在宗杲禪法的影響下,朱熹對道南派於靜中觀察喜怒哀樂未發氣象之旨要,始終無能契入. 李侗死後,朱熹體會出其「格物致知」的原始架構,有被大化牽去之慮; 於是轉而與和他「動」的體系貌合的湖湘派論學切磋. 朱熹幾經曲折,終覺湖湘派的功夫仍不脫禪味,故而提出「敬」之實踐功夫,來貫通內外,動靜,未發已發,做為日用間「格物致知」,「察識端倪」時的心性立根處. 至此,朱熹的「純儒」體系,終獲「自安」,「自得」之道.

目次一. 引言
二. 朱熹與大慧宗杲「看話禪」
三. 禪宗禪法的困境與朱熹之返儒
四. 朱熹與大慧宗杲禪法對立的最初架構
五. 朱熹參究中和的曲折
六. 結言
ISSN10139605 (P)
ヒット数885
作成日1998.07.22; 2002.12.18
更新日期2017.09.08



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