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張橫渠闢佛的氣化論
著者 彭文林
掲載誌 國立臺灣大學文史哲學報=Bulletin of the College of Liberal Arts
巻号n.45
出版年月日1996.12
ページ153 - 171
出版者國立臺灣大學文學院
出版サイト http://www.press.ntu.edu.tw/index.asp
出版地臺北市, 臺灣 [Taipei shih, Taiwan]
資料の種類期刊論文=Journal Article
言語中文=Chinese
キーワード轉世=輪迴=Samsara=Rebirth=Reincarnation; 浮圖=浮屠=佛塔=stupa=pagoda; 太虛=Taixu
抄録張橫渠先生闢佛論為宋儒闢佛的重要理論之一。筆者將本文的討論分成以下的幾個部份:
一、橫渠先生闢佛論
二、橫渠氣化論
三、結論
由本文的研究,我們發現橫渠先生的闢佛論可以分為以下的四個方面:
一、「有無」方面:橫渠先生認為浮屠之說不能將有無虛實通而為一。
二、「輪迴」方面:橫渠先生認為浮屠之說不能知鬼,知人,知天,悟道。
三、「性命」方面:橫渠先生認為浮屠之說既不能將有無虛實通而為一。故滅絕飲食男女之性,故也不能窮天理。
四、「義理」方面:橫渠先生批評其所理解浮屠之說,認為義理乃人倫日用的實踐之義理,並且依心說理。「有無」,「輪迴」,「性命」,「義理」這四個方面的批評,其主的論據皆立基於橫渠先生的氣化論. 這個氣化論通過本文的討論可以得到以下幾點:
一、橫渠先生的氣化論,本諸太虛之源,將有無虛實通而為一。作為論宇宙生化之本源。
二、作為論宇宙生化本源之太虛可使有無虛實為一源。這樣的觀點是否成立其預設條件為:是否設定一恆有之始有作為解釋變化生滅之基礎
三、大我與小我之見為決定每個人對有無虛實是否一源的判準。儒者之大我以物我同源,民胞物與為其判準,小我則以個人好惡之情為判準。
四、天地之分判乃基於陰陽聚散作用而立論,德性的分判由此而確立。不將天地之分復歸於太虛神妙之目,則不能以天地之德為己德,故天人之分,判為二途。
ISSN10152687 (P)
ヒット数566
作成日1998.04.28
更新日期2017.08.17



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