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『正法眼蔵』「三界唯心」巻に引用される『法華経』「譬喩品」の経文をめぐって=On the Passage of the Aupamya Chapter of the Saddharmapuṇḍarīkasūtra Quoted in the Sangaiyuishin 三界唯心 Fascicle of the Shōbōgenzō
著者 新井一光 (著)=Arai, Ikko (au.)
掲載誌 印度學佛教學研究 =Journal of Indian and Buddhist Studies=Indogaku Bukkyōgaku Kenkyū
巻号v.68 n.1 (總號=n.149)
出版年月日2019.12.20
ページ127 - 132
出版者日本印度学仏教学会
出版サイト http://www.jaibs.jp/
出版地東京, 日本 [Tokyo, Japan]
資料の種類期刊論文=Journal Article
言語日文=Japanese
キーワード正法眼蔵; 「三界唯心」巻; 「光明」巻; 譬喩品; 従地涌出品; 長沙景岑; 円悟克勤
抄録I examine Dōgen’s 道元 interpretation of verse 87 “今此三界 皆是我有 其中衆生 悉是吾子” in the Aupamya Chapter of the Saddharmapuṇḍarīkasūtra that he quotes in the Sangaiyuishin 三界唯心 fascicle in his Shōbōgenzō 正法眼蔵. I find that Dōgen does not read this passage with its original meaning, but rather insists that the triple world is the ultimate truth, based on the words 我有 and 吾子. In so doing, Dōgen utilizes the teachings of the Chan masters Changsha Jingcen 長沙景岑 (788–868) and Yuanwu Keqin 円悟克勤 (1063–1135). Next, in the Sangaiyuishin fascicle, I clarify the identity of father and child on the basis of the verse regarding the father being old and the child young 父少子老. Lastly, I examine the variant reading in this fascicle, 其父, by looking at various commentaries on the Shōbōgenzō.
目次一 はじめに 127
二 「譬喩品」第八七偈の解釈 128
三 「父少子老」の解釈 129
四 「其父」の異読について 130
ISSN00194344 (P); 18840051 (E)
DOIhttps://doi.org/10.4259/ibk.68.1_127
ヒット数1
作成日2022.09.22
更新日期2022.09.22



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