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早稲田大学学術叢書20 清朝とチベット仏教:菩薩王となった乾隆帝=The Qing Dynasty and the Tibetan Buddhist World
Author 石濱裕美子 (著)=Ishihama, Yumiko (au.)
Date2011.09.01
Pages334
Publisher早稲田大学出版部
Publisher Url https://www.waseda-up.co.jp/
Location東京, 日本 [Tokyo, Japan]
Series早稲田大学学術叢書
Series No.20
Content type書籍=Book
Language日文=Japanese
Note乾隆帝菩薩画像をはじめとした4点のカラー図版を収録。
資料編: p[259]-314
史料・文献一覧: p315-327
英文タイトルは標題紙裏による
Keyword乾隆帝; チベット仏教; 歴史; 中国; 清時代; 高宗(1711-1799 清); チベット
Abstract 満洲人は,朝鮮人,中国人,モンゴル人が混在する遼東平野を故郷とし,これら歴史ある 3 集団にもまれながら清朝を形成した。そのため,異文化に対して敬意を表することに屈託なく,その摂取についても柔軟であった。
 清皇帝は,向き合う集団の文化体系に合わせてその時々に自らの姿を示した。儒教官僚を前にしては儒教思想の説く理想的な王,天子の姿をとり,チベットやモンゴルの仏教徒の前では大乗仏教が理想とする王,菩薩王の姿をとり,満洲人たちの前では八旗の長たるハーンとして君臨した。マルチリンガルな国際人が向き合う集団の言語に合わせて自分の使用する言語を切り替えるように,清皇帝は対する集団の性質に合わせて言語体系や文化的な振る舞いを切り替え,異文化と円滑に交流を行った。
 つまり,清皇帝を始めとする満洲人支配層は,満洲語,モンゴル語,漢語,チベット語を程度の差こそあれ理解し,中国文化人であると同時に,チベット仏教徒であり,狩猟に秀でた満洲武人であるという多面的な性格を有していたのである 。これは異文化を外なるもの野蛮なるものとして目下に設定する中国の王権とは対照的な性格である。
 本書は,清皇帝が持つ複数の性格のうち,チベット仏教徒に向けて清皇帝が示した姿を様々な側面から解明していくものである。
―本文「はじめに」より

清皇帝が持つ複数の性格のうち,チベット仏教徒に向けて示した姿を様々な側面から解明する。

清朝がその政体を引き継ぐことを宣言したモンゴルのリンデン・ハーンから最盛期の皇帝乾隆帝に至るまでの時代を対象に、チベット仏教世界から見た清皇帝の王権を明らかにする。
Table of contents序  論
はじめに
仏教政治(chos srid)という理想の政体
パクパとフビライの事績
チベット語・漢語史料の特性
事例研究の重要性
排すべき予断

第1章
リンデン・ハーン碑文に見るチャハルのチベット仏教
はじめに リンデン・ハーンの時代
第1 節 リンデン・ハーン碑文
第1 項 碑文の訳
1.帰敬偈
2.執筆の動機
3.仏塔について
(1) 仏の三身
(2) 八大仏塔
(3) 仏塔崇拝の歴史
(4) リンデンとその妹が建立した2 つの仏塔
(5) 仏塔を建立し供養する功徳
4.回向文
第2 項 碑文の作文法と修辞法
第3 項 碑文の内容
第2 節 リンデン・ハーン期のチベット仏教
第1 項 チベット史料から見たサキャ派の動向
第2 項 アルタン期とホンタイジ期の仏教との比較
おわりに チャハルの高度な仏教文化

第2 章
盛京・北京の勅建チベット仏教寺院
はじめに
第1 節 清初勅建チベット寺の碑文訳注
第1 項 実勝寺碑文
実勝寺碑文
第2 項 護国四塔寺碑文
勅建カーラチャクラ尊の寺碑記
第3 項 北京一塔二寺の碑文
一塔二寺碑文表面和訳
第2 節 盛京チベット寺に見る清初のチベット仏教
第1 項 建立者ビリクト・ナンソ
第2 項 サキャ派の満洲布教の結晶,実勝寺
第3 項 護国四塔寺に潜む罪業浄化思想
1.本尊と脇侍の仏の持つ意味
2.4 つの尊勝塔の持つ意味
第3 節 北京一塔二寺に見る清初のチベット仏教
第1 項 同時代史料にみる一塔二寺の名称
第2 項 建立者ノムンハン
第3 項 ゲルク派の拠点となった一塔二寺
おわりに 清朝のチベット仏教世界への参入
第1項 一貫した国家事業としてのチベット寺の建設
第2項 仏の優位からハンの優位へ
第3項 サキャ派からゲルク派へ

第3 章
モンゴル年代記に直訳引用されたチベットの歴史文献
はじめに 17 世紀を代表する2 つのモンゴル史書
第1 節 モンゴル年代記の資料となったチベットの歴史文献
第2 節 ダライラマ政権の出版事業
第3 節  チベット文史料を見た『アサラクチ』,孫引きした『アルタン・トプチ』
おわりに

第4 章
チベット仏教の僧院社会の構造
はじめに.
第1 節 学堂と地域寮によって形成される僧侶の閥
第2 節 青海地域の僧院の特徴
第3 節 オイラト王侯を施主とした歴代ゴマン座主
第1 項 トルグート人であった第29 代ゴマン座主
第2 項 ジュンガル王を施主とした第32 代ゴマン座主
1.権力者間の不和の調停
2.ダライラマ7 世を支持したオイラト王侯との交流
第3 項 ジュンガルの王族であった第34 代ゴマン座主
おわりに

第5 章
北京初のチベット僧院,雍和宮建立の意義
はじめに
第1 節 チベット仏教世界における僧院設立の経緯
第1 項 「ガンデン」を冠するゲルク派の僧院
第2 項 ハルハのガンデンと東チベットのガンデン
第2 節 档案史料に見る雍和宮建立の経緯
第1 項 建立の動機と指導僧の出自
第2 項 四学堂の内訳・学僧の出自・仏像の様式・行事
おわりに チベット僧院としての雍和宮

第6 章
北海闡福寺と乾隆帝の白傘蓋仏信仰
はじめに
第1 節 国家鎮護の寺としての白傘蓋仏殿
第1 項 仏香閣を白傘蓋寺とした場合の問題点
第2 項 白傘蓋信仰のセンターとしての闡福寺
第3 項 『陳設档』に見る闡福寺の旧観
第4 項 闡福寺の消滅
第2 節 乾隆帝の白傘蓋信仰
第1 項 雍和宮の白傘蓋仏殿
第2 項 パンチェンラマが勅命によって記した白傘蓋儀軌
第3 項 裕陵地宮の白傘蓋真言
おわりに

第7 章
チャンキャ3 世による乾隆帝に対するチャクラ・サンヴァラ灌頂授与の意義
はじめに 灌頂とは
第1 節 乾隆10 年チャクラ・サンヴァラ灌頂儀礼の経緯
第1 項 乾隆帝の顕教の学習
第2 項 灌頂が行われた時日
第3 項 造辦処文書に残る法具の発注記録
第4 項 妙応寺白塔に奉納された灌頂の装束
第2 節 チャンキャと乾隆帝が踏まえた歴史的な灌頂
第1 項 パクパがフビライに授けたヘーヴァジラ灌頂
第2 項 ダライラマ3 世がアルタン・ハンに授けたヘーヴァジラ灌頂
第3 節 転輪聖王の密教化した尊格としてのチャクラ・サンヴァラ尊
おわりに 乾隆10 年チャクラ・サンヴァラ灌頂の歴史的意義

第8 章
妙応寺白塔の奉納品に見る乾隆帝のチベット仏教信仰
はじめに 乾隆18 年の白塔修復
第1 節 乾隆18 年の白塔奉納品のリスト
第2 節 乾隆帝とチャンキャ3 世の白塔関連文章
第3 節 チャンキャ2 世の著作に見る3 種類のスンシュク
第1 項 生命の木
第2 項 真言陀羅尼
第3 項 その他のもの
第4 節 スンシュクとしての白塔奉納品
おわりに

第9 章
ラマ供養画としての乾隆帝菩薩画像
はじめに
第1 節 乾隆帝菩薩画像の3つの型
第1 項 タイプC の3つのサブグループ
第2 項 全タイプの共通点
第3 項 その他の乾隆帝菩薩画像
1. 王家鵬(2003,No. 32)画像
2. タシルンポの中国堂のタンカ
3. 逸見梅栄(1979, Plate II─16)画像
4. Lessing(1942, Plate XVII)画像
第2 節 画中の諸尊の同定とグルーピング
第1 項 三聖山の主を示したタイプA
第2 項 ラマ供養画像としてのタイプB・C
1. ゲルク派の二つのツォクシン(集会樹)
2. チャクラ・サンヴァラの衆供養
3. その他の諸尊
第3 節 画中の諸尊の持つ歴史的・伝統的イメージ
1. 転輪聖王のイメージ
2. フビライとパクパのイメージ
3. 東方の仏菩薩のイメージ
おわりに

第10 章
チャンキャ3 世と乾隆帝の転生譜('khrungs rabs)
はじめに パクパとフビライの業績をたどったチャンキャと乾隆帝
第1 節 チャンキャ転生譜とその特徴
第1 項 下敷きとなったクントンの転生譜
1. 阿羅漢チュンダ(dgra bcom pa tsunda)
2. シャーキャミトラ(Skt. Sh’akyamitra>Tib. sh’akya bshes gnyen)
3. カワ・ペルツェク(ska ba dpal btsegs)
4. サンダク・ドプクパ(gsang bdag sgro phug pa sh’akya seng ge, 1074─1134)
5. シシリパ(si si ri pa alias se ston ri pa)
6. パクパ(’phags pa blo gros rgyal mtshan, 1235─1280)
7. ラマダムパ・ソナムゲルツェン(bla ma dam pa bsod nams rgyal mtshan, 1312─1375)
8. 大慈法王シャーキャ・イェーシェー(byams chen chos rje sh’akya ye shes, 1354─1435)
9. チューキゲルツェン(rje btsun chos kyi rgyal mtshan,1469─1544/46)
第2 項 クントンの伝記
第3 項 パンチェンラマ3 世による変更点
第4 項 チャンキャ(クントン)の前世者のグルーピング
第2 節 乾隆帝の転生譜とその特徴
1. プラセーナジット王(gsal rgyal)
2. クサリ(ku sa li)
3. サンゲチョク(sangs rgyas phyogs)
4. ムネツェンポ(mu ne btsan po)
5. タムツィクドルジェ(dam tshig rdo rje)
6. ゴク・レクペーシェーラプ(legs pa’i shes rab)
7. ペルテン・ダルチャルワ(dpal ldan mdar’phyar ba)
8. フビライ(hu bi la)
9. ムンラムペル(smon lam dpal, 1414─1491)
10. キャプチョク・ペルサン(skyabs mchog dpal bzang)
11. カンギュルワ・チンバギャムツォ(bka’ gyur ba sbyin pa rgya mtsho, 1629─1695)
第3 節 パンチェンラマ3 世と2つの転生譜の関係
おわりに

まとめ
<
ISBN9784657117120; 4657117122
Hits760
Created date2023.09.25
Modified date2023.09.30



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