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著者 |
内山興正
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山本成一
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出版年月日 | 2007.12 |
ページ | 252 |
出版者 | 大法輪閣 |
出版サイト |
http://www.daihorin-kaku.com/
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出版地 | 東京, 日本 [Tokyo, Japan] |
資料の種類 | 書籍=Book |
言語 | 日文=Japanese |
キーワード | 道元; 曹洞宗 |
抄録 | ◆八大人覚とは、大人(だいにん・おとな)として覚り知るべき(少欲・知足など)八っのことの意で、ブッダ最後の教えといわれています。 その教えを、日本曹洞宗の開祖・道元禅師もまた『正法眼蔵』の一巻として書き遺しました。 ◆本書は道元著『正法眼蔵』八大人覚の巻を、沢木興道の遺弟である著者が、ユーモアを交えて平易に講話したものです。
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目次 | 序文 水野弥穗子 正法眼蔵八大人覚 原文
はじめに 仏法は常に一鍬掘り下げていかねばボケてくる なぁに、本当はみんなガキなのだ 本当の人類からいえば、歴史以前の時代でしかない 日本は「じしんこく」である、いや「地震国」なのでない
一、少 欲 「くれるというものを、なぜ貰っておかないんだ」 いったい自分とは何か、この大事なことがよく分からない 「生まれる以前に堕ろされた」という目で見直す 自己が自己として片付いて愚図らない
二、知 足 「真実」とは何か──いまハッキリといいます 悟りを願わないのも困る、だが悟りたいという欲も困る じつは誰でも今、このままで足りているという事実がある
三、楽寂静 人間が人間を拝むなんて、あり得べきことではない ノボセ上がりは必ず下げれば下げられる 「宗教」という言葉は、やがて抹殺してもいい時代がキッと来る
四、勤精進 オレの欲のため以外に本当に真面目に働いたことがありますか 天地一杯の自己の狙いがなければならぬ
五、不忘念 子どもは自分が親の分身だとは思わない、親は他人だと見る 草も木も虫もあらゆるものが生まれ、生きそして死ぬ 「あっ地球上が仏法になった」というときが必ず来る
六、修禅定 ましな人間になりたいという連中は、坐禅をしないほうがいい 詰まるところオレは何のために生きているのか
七、修智慧 「坐禅は口ではいえぬことじゃ」などというハッタリ坊主 私の話を聞いているのではない、あなたは自己を聞いているのだ 仏法相承は甘柿の枝を接ぎ木するようなものである
八、不戯論 どうせみんなやがては寝たきり老人になる、そのときはどうする まったく見当外れの教学の研究、法要儀式、堂塔伽藍の建立
〈追補〉正法眼蔵に学ぶ |
ISBN | 9784804612638 |
ヒット数 | 980 |
作成日 | 2008.01.30 |
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