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河口慧海著作選集2 -- 平易に説いた釈迦一代記
著者 河口慧海=Kawaguchi, Ekai ; 日高彪=Hidaka, Takeshi
出版年月日2010.02
ページ196
出版者慧文社=Keibunsha Co.
出版サイト http://www.keibunsha.jp
出版地東京, 日本 [Tokyo, Japan]
資料の種類書籍=Book
言語日文=Japanese
ノート著者略歴:河口慧海(かわぐちえかい)1866-1945,仏教學者、僧侶.大阪府堺市生まれ.哲學館(現・東洋大學)、黃檗山萬福寺に學ぶ.大乗仏教の原典を求め、1897年よりインド・ネパールを遍歴の後、単身チベット探検を敢行.1901年(明治34年)日本人で初めてチベットの首府ラサに到達する.1913年(大正2年)2度目のチベット入りを果たし、ネパール伝サンスクリット(梵語)仏典、チベット大蔵経等を將來する.帰國後、大正大學教授.我が國の西蔵學(チベット學)・印度學(インド學)の先駆として活躍.著書『西蔵旅行記』(チベット旅行記)は現在まで広く読み継がれている。金の星社1929年刊の改訂新版。A5判;上製クロス裝;函入。
抄録仏教徒必攜必読の分かりやすく學際的なゴータマ・シッダルタ伝!「釈迦伝」の類は古今あまたあれど、正確な「伝記」として読むに堪える本は案外少ない。本書は、釈迦への崇敬と帰依を生涯表明してやまなかった快僧・河口慧海が、「伝説を極力排し、児童にも読めて釈尊の生涯の歩みと徳を正確に伝える」というコンセプトで著した伝記である。慧海自ら命がけでチベットより持ち帰った蔵伝仏典をはじめ、漢訳伝、インド・ネパール伝、ビルマ・セイロン伝なども參照され、インド・ネパールの仏跡の実地調査を行った慧海ならではの活々とした筆致で綴られる。仏教読み物として、また慧海の業績を伝える資料として、今なお不朽の一冊です。

目次
一 お釈迦さまの誕生地
二 お釈迦様の御先祖
三 誕生の準備
四 誕生
五 阿私陀仙人の観相と予言
六 文學武術の上達とその遊戯
七 理想の妻とその撰択
八 自撰結婚(スワヤンバラ)
九 悉達太子の洪水救済
一〇 四門出遊
一一 太子出家前の防衛
一二 悉達太子の出家
一三 太子の求善知識
一四 六年苦行
一五 降魔と成道
一六 最初の信者
一七 最初の説法(初転法輪)
一八 三大行者の教化と頻昆沙羅(ビンピサーラ)王
一九 二大弟子と大迦葉波(マハーカシャバ)の得度
二〇 火生長者の得度及び長爪梵志の得度
二一 祗園精舎の建立
二二 波斯匿(プラセーナジット)王及びその夫人末利(マーリカー)の帰仏
二三 如來父大王に遇う
二四 釈迦族多數の出家
二五 浄飯大王の崩御と婦女子の出家
二六 善星比丘の邪見、阿難陀(アーナンダ)侍僧となる
二七 外道六師の神通挑戦
二八 如來大神通を現して六師を降伏す
二九 仏陀女性の化度
三〇 指鬘波羅門の入道
三一 長者の萬燈貧者の一燈
三二 提婆達多(デーヴァダッタ)の破和合
三三 提婆達多が世尊を殺さんとす
三四 阿闇世王の懺悔化度
三五 吠含離(ヴァイシャリー)國難攻不抜の七原因
三六 入滅の宣言と正法の付屬
三七 入涅槃
ISBN9784863300354
ヒット数573
作成日2010.09.24
更新日期2010.09.24



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