サイトマップ本館について諮問委員会お問い合わせ資料提供著作権について当サイトの内容を引用するホームページへ        

書目仏学著者データベース当サイト内
検索システム全文コレクションデジタル仏経言語レッスンリンク
 


加えサービス
書誌管理
書き出し
西藏旅行記:首位深入西藏的日本學問僧河口慧海尋訪佛教經典的究竟之旅=チベット旅行記
著者 河口慧海 (著) ; 吳繼文 (譯)
二版
出版年月日2022.03
ページ672
出版者馬可孛羅文化事業股份有限公司
出版地臺北, 臺灣 [Taipei, Taiwan]
資料の種類書籍=Book
言語中文=Chinese
ノート河口慧海,慶應二年(一八六六)生於泉州堺(今堺市),本名定治郎。
キーワード翻譯文學; 遊記; 西藏; 宗教
抄録 一八九七至一九○三年,日本僧侶河口慧海花了將近六年時光,進入西藏這塊被嚴密封鎖的大地。這塊祕密王國因天險而與世隔絕,別有乾坤,西藏人自認這裡是佛陀的國度、觀音之淨土,充滿獨特異彩。不過,這位日本僧侶並不是為了仿效勇敢的冒險家,以完成探查大業、促進世界文明為職志,而是因為聽聞該國藏有許多佛教未傳之經典,為了取得這些珍貴典籍而發奮走上這段長旅。

他於一八九七年六月從大阪出發,在大吉嶺停留一年研學西藏語文,於一八九九年一月借道尼泊爾前往西藏,之後在喜馬拉雅山脈的山中小村查藍修習修辭學一年,在一九○○年七月才抵達西藏國境。之後,他為了避開嚴密防守的西藏關哨,不得已往西繞道羌塘高原,徒步跋涉過海拔四、五千公尺的無人地帶,採行鮮為人知的小徑。時值冬季,他不時得涉渡夾雜流水的冷冽河川,又不時經遇大雪紛飛,途中險些凍斃;又遭盜匪掠奪,到達西藏首府拉薩時已一九○一年三月。仔細算來,他從大吉嶺到拉薩共花了兩年三個月時間,共走了近四千公里路。然後,他冒稱羌塘藏人身分進入拉薩色拉寺研讀一年兩個月,期間因醫術高明榮獲達賴喇嘛召見,甚至差點成為法王御醫,後來則因身分曝光而在一九○二年五月匆匆離開西藏,在一九○三年五月返抵國門。

返國之後,河口慧海將這趟旅程的見聞詳盡記錄,以「西藏旅行記」為題在報刊上連載,獲得一般民眾的熱烈迴響,風靡一時。英譯本《西藏三年記》於印度出版後,旋即獲得民族學家、歐洲探險家和西藏學者的肯定。

《西藏旅行記》一書不僅記錄旅途的艱險、各地法會、僧侶的生活百態,同時涵蓋當年西藏地方的政治、經濟、文化、外交及社會風俗、歷史,還有地理上的探險,可謂在近代史和比較文化研究上,留下了豐富又獨特的珍貴素材。
目次導 讀 究竟之旅——河口慧海的《西藏旅行記》 詹宏志
第一部 出發
第二部 借道尼泊爾
第三部 赴聖湖馬旁雍錯巡禮
第四部 直驅西藏首府
第五部 拉薩府見聞(一)
第六部 拉薩府見聞(二)
第七部 身分曝光
第八部 離開西藏
第九部 大團圓:回歸故里
附錄一 關於河口慧海
附錄二 河口慧海旅行概要
附錄三 河口慧海著作一覽表
附錄四 河口慧海西藏之行示意圖
附錄五 一九○四年的拉薩略圖
ISBN9789860767773 (平裝)
ヒット数233
作成日2022.08.12
更新日期2022.08.12



Chrome, Firefox, Safari(Mac)での検索をお勧めします。IEではこの検索システムを表示できません。

注意:

この先は にアクセスすることになります。このデータベースが提供する全文が有料の場合は、表示することができませんのでご了承ください。

修正のご指摘

下のフォームで修正していただきます。正しい情報を入れた後、下の送信ボタンを押してください。
(管理人がご意見にすぐ対応させていただきます。)

シリアル番号
647301

検索履歴
フィールドコードに関するご説明
検索条件ブラウズ