サイトマップ本館について諮問委員会お問い合わせ資料提供著作権について当サイトの内容を引用するホームページへ        

書目仏学著者データベース当サイト内
検索システム全文コレクションデジタル仏経言語レッスンリンク
 


加えサービス
書誌管理
書き出し
以現象學方法分析佛教中觀學到唯識學的過渡
著者 李四龍 (著)=Li, Si-long (au.)
掲載誌 哲思雜誌
巻号v.1 n.2
出版年月日1998.06
出版者共青團河南省委
出版地河南, 中國 [Honan, China]
資料の種類期刊論文=Journal Article
言語中文=Chinese
キーワード漢傳佛教=大乘佛教=北傳佛教=Mahayana Buddhism; 唯識=Mind-Only Buddism=Consciousness-Only Buddhism=Vijnaptimatrata=Vijnaptimatra; 般若波羅密多=般若=Prajnaparamita=Prajna=Perfection of Wisdom; 佛教史=Buddhist History; 佛教; 佛; 成唯識論; 印度佛教史=Indian Buddhist History; 印度佛教=Indian Buddhism; 玄奘=Xuanzang=Hiuen Tsiang; 中觀思想; 中觀; 大乘
抄録中觀學和唯識學是大乘佛教的兩大最重要思想體系。一般認為,唯識學的出現晚於中觀學,在印度佛教史上,中觀與唯識在相當長的時間內並行不悖,雙方就了義不了義互諍不斷。中觀主旨是般若性空,萬法假有;唯識主旨是唯識無境,內識實有。據玄奘《成唯識論》和窺基《成唯識論述記》內容判斷,唯識學的出現受到了當時印度主流思想--婆羅門思想體系內性論、數論等宗派的理論刺激;如果撇開這方面的因素,唯識學的出現,這一現象本身意味著對中觀思想的一種檢討與反省。唯識學構築了龐大的名相概念體系,試圖對佛教的一些根本問題作出有別於中觀學的解答,這種闡釋根本問題的差異並不能簡單地歸因於門戶之見,我個人認為,這代表了大乘佛教內部核心范疇的一次替換,中觀學的核心范疇是「假名」,而唯識學的核心范疇是「識」,前者主張「唯假」,後者主張「唯識」。換言之,從「唯假」到「唯識」標示了大乘佛教從中觀學到唯識學的過渡。
這一論述並不具比較兩者優劣的暗示,我個人感興趣的是藉此剖析大乘佛教基本理論,剖析「唯假」被替換成「唯識」的哲學意義。而且,我嘗試用西方哲學中現象學的方法來作剖析工作,以期東西方哲學在某些問題上達成必要的共識,促進東西方文明進一步的溝通與理解。
ISSN10033483 (P)
ヒット数719
作成日2007.08.20
更新日期2024.06.03



Chrome, Firefox, Safari(Mac)での検索をお勧めします。IEではこの検索システムを表示できません。

注意:

この先は にアクセスすることになります。このデータベースが提供する全文が有料の場合は、表示することができませんのでご了承ください。

修正のご指摘

下のフォームで修正していただきます。正しい情報を入れた後、下の送信ボタンを押してください。
(管理人がご意見にすぐ対応させていただきます。)

シリアル番号
147020

検索履歴
フィールドコードに関するご説明
検索条件ブラウズ