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明恵の思想史的研究 -- 諸実践の思想の展開とその基礎理念を中心として=
著者 前川健一
出版年月日2002.07.08
出版者東京大学インド哲学仏教学研究室
出版サイト http://www.l.u-tokyo.ac.jp/intetsu/
出版地東京, 日本 [Tokyo, Japan]
資料の種類博碩士論文=Thesis and Dissertation
言語日文=Japanese
学位博士
学校東京大學
学部・学科名人文社会系研究科
卒業年2002
キーワード日本仏教
抄録本論文では、鎌倉初期を代表する仏教者の一人である明恵房高弁(1173-1232)について、その仏教思想の展開過程を考察し、思想史的に位置づけることを目指す。

 明恵の思想の特色をなすものは、生涯にわたる諸実践の模索である。「称名念仏のみ」という法然などの立場とは対照的に、明恵に於いては様々な実践が試みられ、時として併存している。しかし、それは決して単なる包摂的な態度なのではない。そうした諸実践の裏にあるものは、きわめて一貫した仏教実践についての理念である。

 それは要約するなら、「人法二空(個我・外物がそれぞれ空であること)を証得することで、自らに内在する真如が顕現する。真如が完全に顕現したものが仏である」という理念である。明恵の生涯は、この理念をより有効に実現する実践を探求することに費やされたと見ることができる。

 本論文では、以上のような構想のもと、明恵の諸実践の展開を考察することを主眼とし、併せて、これまで十分考察されてこなかった明恵思想の諸側面を明らかにすることを目指した。

はじめに

第一部明恵思想の教理的枠組み

第一章文覚と明恵

第二章景雅・聖詮の華厳学と明恵

第三章明恵の密教思想

第四章明恵の教判論

第二部明恵に於ける諸実践とその基礎理念

はじめに

第一章初期の教学的・実践的関心

第二章『華厳唯心義』の『起信論』解釈

第三章『摧邪輪』の思想

一『摧邪輪』の概要

二菩提心と真如-袴谷憲昭氏の所説を手がかりに

三『摧邪輪』に於ける「以聖道門譬群賊過失」

四『摧邪輪荘厳記』について

五『摧邪輪』以後の展開

第四章明恵に於ける宗密の受容

第五章仏光観の意義

むすび

第三部明恵の戒律観

第一章「明恵=一生不犯」説をめぐって

第二章『栂尾説戒日記』に於ける明恵の思想

第四部高山寺教学の展開-喜海の華厳学をめぐって

むすび

 まず、第一部「明恵思想の教理的枠組み」では、明恵が自らの思想の骨格とした華厳学及び密教を中心に、同時代の思想との対比から、明恵の特色を明らかにした。

 第一章「文覚と明恵」では、明恵が仏教者として最初に教育を受けた神護寺における行実を検討した。明恵伝の根本史料である『明恵上人行状』では、明恵が文覚から大きな期待をかけられていたことが記されているが、文覚関連の記事がきわめて問題の多いものであることを明らかにした。第二章「景雅・聖詮の華厳学と明恵」では、明恵の華厳学の師とされる景雅・聖詮について考察し、明恵への影響及び相違点を明らかにする。彼らと明恵との間ではむしろ相違点の方が多く、これを通じて明恵の華厳学の独自性が示される。第三章「明恵の密教思想」では、華厳学と並んで明恵の思想の大きな部分を占める密教について考察する。主として聞書類の分析にもとづき、顕密一致説など明恵の密教思想の特色を考察した。第四章「明恵の教判論」では、明恵の構想した教判を再構成することで、彼の教理思想を総括し、併せて顕密の関係について考察した。顕教に於いては有・空の問題が諸宗を序列づける際の中心的な価値をなしている。顕密の関係では、言説を超えた密教が実践面で優位に立つものの、密教の理解のためには顕教の分節的な言説が必要となるというかたちで、両者の不可分な関係が成立していることを示した。

 第二部「明恵に於ける諸実践とその基礎理念」では、明恵が仏教の核心と見なした「人法二空」の理念を中心に、明恵の諸実践の展開を見通すことを試みた。

 第一章「初期の教学的・実践的関心」では、伝記資料を中心として初期の実践を考察し、人法二空の理念が初期の『倶舎論』習学時の疑問から『大乗起信論』の受容を経て仏教実践の理念へと展開することを示した。第二章「『華厳唯心義』の『起信論』解釈」では、明恵の「真如」概念理解の特質を検討し、それが釈尊思慕と自らの成仏という二つの関心を両方とも満たすような構造になっていることを示した。第三章「『摧邪輪』の思想」では、明恵の中期の代表作である『摧邪輪』を取り上げ、その思想を多角的に分析した。まず、袴谷憲昭氏の明恵理解を手がかりに、『摧邪輪』で強調される菩提心が真如と如何なる関係にあるかを考察し、明恵の考える菩提心が真如説の枠内で考えられていることを示した。次に、『摧邪輪』で第二過失とされている「以聖道門譬群賊過失」を検討し、そこに反映している明恵の仏教観が、いわゆる「顕密仏教」に極めて近いものであることを明らかにした。また、『摧邪輪』を補足するために書かれた『摧邪輪荘厳記』の成立事情を検討し、諸宗からの具体的な反響に応えたものであると推定した。『摧邪輪』以後、明恵はそこに示された様々な思想を具体化していくが、その中で注目されるのが、宗密の受容である。明恵については、従来、李通玄の影響が指摘されてきたが、宗密からの影響も大きい。第四章「明恵に於ける宗密の受容」では、どのようなかたちで明恵が宗密を受け入れ、援用しているかを示した。第五章「仏光観の意義」では、明恵が最終的に自らの実践として選択した仏光観について考察し、それが明恵の実践理念との関係で如何なる意義を有するかを論じる。明恵が宗密の影響のもとに行じていた『円覚経』の観法に比較した場合、仏光観は、自らの心を空と観ずる点でより徹底したものであり、これが人法二空の理念の上から大きな意味を持っていることを示した。

 第三部「明恵の戒律観」では、これまで十分に考察されていない、明恵に於ける戒の問題を考察した。戒律は、晩年の明恵にとって大きな関心の対象であり、明恵の全体像を考える上で不可欠のものと言える。

 第一章「「明恵=一生不犯」説をめぐって」では、一般に明恵が一生不犯だったと言われることを手がかりに、不婬戒を中心として明恵の戒律への関心を考察した。明恵の戒律への関心は、仏光観の実践や高山寺の経営と深いつながりを有していることを示し、「明恵=一生不犯」説の成立を中世に於ける戒律への関心の高まりから考察した。第二章「『栂尾説戒日記』に於ける明恵の思想」では、明恵の最晩年の思想を伝える『栂尾説戒日記』を分析し、天台宗との類似性や三聚浄戒の重視など、これまであまり注意されていなかった論点を指摘した。

 第四部「高山寺教学の展開-喜海の華厳学をめぐって」は、明恵の高弟・喜海の『起信論』解釈を検討し、明恵の思想がいかに継承されたかを考察した。喜海の思想はおおむね明恵を継承しているものの、観照的な傾向が前面に出て、明恵とは異質であることを示した。

 「まとめ」として、以上の諸論考をふまえ、理論と実践との往復作業の中にこそ、明恵の個性があることを論じた。
ヒット数91
作成日2008.12.01
更新日期2016.01.14



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