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一行三昧與中國禪
著者 游祥洲
掲載誌 佛教與中國文化國際學術會議論文集 (上輯)
出版年月日1995.07
ページ235 - 257
出版者中華文化復興運動總會宗教研究委員會
資料の種類會議論文=Proceeding Article
言語中文=Chinese
キーワード一行三昧=常坐三昧=Ekavy?ha-Sam?dhi
抄録「一行三昧」是傳自印度的修持方法,最早見於般若
系的經典,如《大碞般若經》,《文殊般若經》等,都談
到了「一行三昧」. 般若經系的「一行三昧」,本身是以
持名為主的念佛三昧,與大乘佛教的淨土宗所提倡的持名
念佛十分相近,只不過前者不修觀想,也不拘任何一佛的
名號,而後者則以傳念阿彌陀佛為主.

「一行三昧」的修持法在中國禪宗四祖道信時,被引
進禪門,成中國燀宗的一個法門. 尤其重要的是,「一
行三昧」在《六祖壇經》中,被六祖慧能賦予了新的意義
. 其重點有四:

(一) 把「一行三昧」的修持方式,由形式的「持名」
,而簡化為持心,即所謂「行住坐臥,一切時中
,常行直心是」.

(二) 把「一行三昧」的定境,從「繫緣法界」,而轉
化為日常生活中的「但行直心,於一切法,無有
執著」.

(三) 傳統上把「一行三昧」解釋為「常坐三昧」,慧
慧能則直指功夫在心不在坐.

(四) 把「一行三昧」從「看心看淨」的知性思惟,還
原為當下隨順覺性的悟性.

慧能此詮釋,顯示了中國禪的創意與特色,本文將
就此主題加以探討.
ヒット数462
作成日1998.07.22
更新日期2011.06.22



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