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《佛教四大部派宗義講釋》讀後感(下)
著者 陳平坤
掲載誌 慧炬=Torch of Wisdom Monthly
巻号n.469/470
出版年月日2003.08.15
ページ41 - 45
出版者慧炬雜誌社
出版サイト http://www.towisdom.org.tw/
出版地臺北市, 臺灣 [Taipei shih, Taiwan]
資料の種類期刊論文=Journal Article
言語中文=Chinese
キーワード經部; 唯識; 中觀; 實有; 宗義書; 毘婆沙; 無自性; 勝義自性; 補特伽羅; 諸法性空; 藏傳佛教
抄録  日慧法師《佛教四大部派宗義講釋》閱後,本文除了抒發「感想」之外,主要則在思論四個問題:
(1)「緣起」思惟與「實有」之見可否相容?
(2)「勝義自性(有)」,意含「實有」(Reality)乃至「實體」(Substance),抑或應為「真實(truth)」之義?
(3)四大部派所修「道次第」,能否依據一定原則看待,並安排其各自的地位與意義? (4)可以根據「乘」義大、小來決定二(三)乘聖賢的果位高下嗎?
  藉由掌握日慧法師的講釋要點,同時引據經論相關說法,本文在論述中回應上列問題,得出如下「意見」:
(1)「緣起」一旦貫徹於思惟中,「實有」之義勢無成立的真實依據。
(2)作為「勝義自性」之「有」,由於實是依準聖人的智慧境界而成立,因此,應許「真實(truth)」才能切合其中確意。
(3)「以無所得行」這一原則貫徹所有對治義的修道活動,四部所教的「道次第」,或能各住其位,或可獲致相持並進的作用。
(4)大、小分乘,但有「方便」之義,卻不能據以陟降各乘行人的果證上下;因為,非己境界的緣故。
  本文最後則揣測法師講述四部宗義之用心,歸在希望藉此講述以引導學人通教明義、入修佛道;其中,或亦寓有合會三部宗義歸於中觀根本見地一主意:即以此作結,並奉請高明賜正。
目次三、「修道次第」的根本和枝末
四、「乘」之大小與果證高下
肆、結語
註釋
ヒット数896
作成日2003.10.24
更新日期2017.12.13



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