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民國以來的漢藏佛教關係(1912-1949):以漢藏教理院為中心的探討=The Relationship between Chinese and Tibetan Buddhism(1912-1949):A Study with Special Reference to the Institute of Sino-Tibetan Buddhist Teachings
著者 梅靜軒 (著)=Mei, Ching-hsuean (au.)
掲載誌 中華佛學研究=Chung-Hwa Buddhist Studies
巻号n.2
出版年月日1998.03
ページ251 - 288
出版者中華佛學研究所=The Chung-Hwa Institute of Buddhist Studies
出版サイト http://www.chibs.edu.tw/ch_html/0_ch04/ch0404_02.html
出版地臺北市, 臺灣 [Taipei shih, Taiwan]
資料の種類期刊論文=Journal Article
言語中文=Chinese
ノート東初老和尚九秩冥誕暨圓寂二十週年紀念專輯. Special Collection in Commemoration of the 90th Anniversary of the Birth and 20th Anniversary of the Passing of the Venerable Tung-ch'u.
キーワード漢藏佛教; 漢藏教理院; 民族融合; 灌頂; 顯密之諍
抄録漢藏教理院以「研究漢藏佛理,融洽中華民族,發揚漢藏佛教,增進世界文化」為宗旨,該院師生也時時以聯絡民族感情的任務自許; 而當代學者對漢藏教理院的評價也都不出「溝通漢藏文化,聯絡漢藏感情」這樣的概念,如此的斷言,筆者深覺有重新反省的必要.

透過本文的研究,筆者發現漢藏教院這佛學研究機構,乃因大環境所強調的愛國主義的導引,造成其本身定位的不明確. 顯然地,太虛提倡溝通漢藏佛教不只是為復興中國佛教,同時也期望能因此促進民族團結,以呼應時局. 然而實踐這兩種目的所須要的助緣是不相同的. 此外,藏密以灌頂法會的方式迅速地在中國境內散播開來,此舉引發的許多問題成中國佛教批判藏密的主因,連帶地否定西藏佛教. 筆者想強調的是,信仰型的宗教活動不應與教義思想的研究混為一談,在評價漢藏佛教關係時,這兩個層次的差別應分開來討論.

目次一. 序論
1. 前言
2. 研究動機及方法
3. 文獻
二. 倡議交流的背景
1. 緣起
(1) 漢藏交惡
(2) 川邊戰事
(3) 學密風潮
2. 時局需求
(1) 以宗教為媒介的懷柔政策
(2) 改革中國佛教的參考
(3) 佛學研究的新趨勢
三. 西向探觸的進程
1. 藏文學院
2. 留藏學法團
(1) 計劃
(2) 規約
(3) 困阻
(4) 解散
3. 漢藏教理院
(1) 初期籌劃 (1930-1932)
(2) 中期發展 (1933-1936)
(3) 後期規模 (1937-1949)
四. 成效評估
1. 譯經事業
2. 接觸管道
3. 呼應時局
五. 密教的衝擊與中國佛教的回應
1. 王弘願風波
(1) 爭議焦點
(2) 居士傳法
2. 藏密的流佈
(1) 政要人士的推動
(2) 傳法灌頂法會
3. 內地的回應
(1) 盲從附和
(2) 排斥抨擊
六. 結論
ISSN1026969X (P)
ヒット数1213
作成日1998.04.28; 2002.07.23
更新日期2017.07.24



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