『中論』の注釈者の一人として知られるブッダパーリタ(仏護,370-450頃)は,独特でしかも定型的な比喩表現を多用しながら論敵の議論を批判する.本論文では,総計でおよそ32を数えるこれらの定型的な比喩表現とその訳文をリストアップするとともに,近年公刊された『仏護注』のサンスクリット本(全体の1/9程度)に見られる5例を分析する.これらの考察により,以下のような結論を得た.第1に,この比喩表現はkim idam bhavan.../yas tvam...というほぼ同一の形式をもつ.論敵の反論や批判を論破するために,否定が期待される疑問文を主節とし,その理由文を従属節として後置する.第2に,その一例を挙げると,「君はいま,生まれてもいない子供の死に苦しんでいるのか?君はすでに行かれたところ(gata)がないのに,いまだ行かれていないところ(agata)を考えているとは(=のだから).」(『中論』第2章・第14偈の注釈内)である.第3に,ブッダパーリタが好んで用いたこの比喩表現は,論敵の理解や反論内容そのものを理由文とし,その理解の誤りを主節の疑問文によって自覚させるために採用されたことが分かる.第4に,それゆえ,当該の比喩表現がもつ論法は,ブッダパーリタの典型的な論理である帰謬論法-より厳密には混合形の仮言三段論法(否定式modus tollens)-に相応している.